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ガット弦の探究-前編

2010/03/23

monteverdi-5_100W.jpg STRINGS by Oliver Webber
訳責 野村成人

弦はヴァイオリンをセットアップする際に最も大事な要素の一つです。 全ての年代のヴァイオリニストにご賛同いただけると思いますが、最適な弦を選ぶというのは試行錯誤と誤解の積み重ねでとんでもなく苦労する作業ではあるけれど、パーフェクトな弦が見つかったときほど嬉しいことはまたとありません。 弦の選択はヴァイオリンのサウンド、アーティキュレーション、感触、バランス、音の融和力(belnding capacity)に大きな影響があるので、適切な弦の組み合わせを見つけるために相当な努力をしても見合うものでしょう。


バロック式の弦の選択についての学術的な、また実際的な内容については、King's Music社からOliver Webberの"Rethinking Gut Strings: a Guide for Players of Baroque Instruments"が出版されています


バロック音楽の復興にともなってバロック楽器に取り組んだ初期の頃には、17世紀や18世紀の音の世界へのアプローチは金属弦をガット弦に置き換えるだけで十分と見なされていました。近年のリサーチによって、そこにはもっといろいろな要素があることがわかってきました。(この興味深くもやっかいなテーマについて、もっと掘り下げてみたいのでしたら、参考書籍のリストをあげておきます) ジョージ・ストッパーにとオリヴァー・ウェッバーはこのテーマに早くから取り組み、Real Guts においてこのリサーチを実際に応用していきました。世界中で数百本の楽器や、またGabrieli Players を含むいくつものオーケストラ全体の弦をバロック式に張り替えました。 「標準(訳注:現代の標準とされているバロック式)」と「歴史的」バロック式の弦の張り方の違い このリサーチであきらかになったのは、今日の多くのバロック・ヴァイオリンにはいくつかの誤解にもとづいて弦の選択がされており、結果として本当のバロックのサウンドからはほど遠いものになっているということです。 この(誤解にもとづいた)「標準」の弦の張り方と、本当の歴史的な弦の張り方にはいくつかの相違点が見られます。 イコール・テンション これが最も基本的かつ大きな影響のある相違点です。18世紀後半にかけて開発されて現代まで続いているモダンな弦の張り方は、E弦に最大のテンションがかかり、G弦が最も弱く張られます。この張り方は、ほぼ時を同じくして発達したモダンなセットアップの他の要素、高い駒や角度のついたネックより太いバスバーなどに理想的にマッチしています。 18世紀中葉以前には、全ての弦が同じテンションで張られるイコール・テンションがとられていました。 テンションといっているのは、水平方向への伸ばす力のことであることに留意してください。これはブリッジから楽器の胴に向かう垂直方向の力と決して混同してはいけません。実際問題として、イコールテンションは下記の表で見られるように低音側の弦になるほどずっと太い弦になります。 一般に言われるいわゆる「バロックヴァイオリン」の標準と「歴史的」に検証された弦のゲージ比較:

gauges-diagram_2.jpg
同じくテンションの比較: comparative-tensions-diagram_2.jpg

■「(現代風)バロック」ヴァイオリンの弦(ミディアムゲージ)
□「イコールテンション」の場合(同じE弦にあわせて張った場合)

違う言い方をすると、ピッチとして比較した場合、現代標準の(ゲージ選択の)張り方をすると、2A弦ではG音に、3D弦ではB音に、4G弦ではE♭にチューニングするのと同じ程度のテンションになります。これはどう考えても楽器の微妙な変更どころではなく、かなり過激な音とバランスの変更です。

Bass_violin_close-up_Stoppani_thumb.jpg
*Vespersの録音に使われたストッパーニ作のバスヴァイオリンに張ったイコールテンションの弦。特に低音弦の色、透明さと太さに注目してください。
写真:James Gilham
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【1664年発行の「An Introduction to the Skill of Music IV」掲載のジョン・プレイフォードの広告】
(訳)これは弦の最新発明である。ヴィオール、ヴァイオリン、リュートなどの低音弦に最適で、擦弦、撥弦を問わず一般のガット弦よりもずっと良い音で大きく響く。これはガット弦または絹の弦の上に細い金属線を巻き付けた、または飾り巻(訳注:gimped ぴっちりと全面に巻くのではなく、間をあける巻き方)をしたものだ。ガットと絹と両方を試したが、絹のほうが長持ちして、音は(ガットと)同じほどよい。最高の品質のものが、ペーターノスター街の近くのセントポール横町にあるリチャード・ムンツ氏経営の楽器商、リュート軒で売られている。

金属巻線は特に品質のよくない太い方の低音弦の場合に起こりがちな響きの問題への解決策でした。この問題は、ヴァイオリン・バンドの中で最大の楽器でありモダンチェロと同じか、(特にフランスやイギリスでは)一音低く調弦されたバス・ヴァイオリンで顕著に見ることができるでしょう。この楽器でしっかりした低音を得るための十分な弦の張力を確保するには二つの方法があります:十分弦長の長い大きな楽器を使うか、または太い弦を使った小振りの楽器にするかです。音的には大きな楽器のほうが良いのですが、演奏するのが難しく、特に早いフレーズは難しくなります。小振りの楽器は早いフレーズに向いていますが十分な低音の響きが得られません。響きの良い低音と十分な演奏性の両立は不可能でした。ガット弦を金属で巻くことで比重を増し、それでより細い弦または短い弦で(太く長いガット弦と)同じ働きをさせることができます。それで豊かな低音を持ちながら演奏も可能な大きさの楽器を作ることができます。ステファン・ボンタがによればこういう楽器がヴィオロン・チェロという名前で知られるようになったということです。 巻線(それ自体決して普遍的なものだったわけではなく)の開発についてはmuch to be said ではありますが、モンテヴェルディ・ヴァイオリンについての我々の検討では比較的議論の余地のないものでした。なにしろ対象としている時代は巻線技術が開発されるより40~50年も前だったのですから!

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左:ヴィオラ用すべてガット弦 中:歴史的なバランスでの巻線C弦 右:市販されている間C弦。C弦の太さの比較に注目。 (使用ヴィオラ:ロビン・アイチソンによる1676年ガルネリモデル。)

テンションの大きさ
「バロック式の弦の張り方は一般にモダンよりもテンションが低い」というのは一般にしばしば繰り返される神話(訳注:誤解)です。これはおそらく弦のテンション(ST)と、ブリッジを垂直に押さえつける力(BF)とを混同するところからきています。後者BFは、確かに初期のセットアップでは低いブリッジやまっすぐなネックのために、ブリッジ上の弦の角度が浅くなっているところからまさにモダンよりも低かったのです。
tension-diagram_2.jpg
ロビン・アイチソンによる、ストッパーニ・ヴァイオリンとストラディヴァリモデルの18世紀後半のセットアップでのストリング・テンション(ST)とブリッジ応力(BF)との比較。左1図ではBFはSTの約35%。右2図ではBFはSTの45%。

この混同と「イコール・テンション」についての無知とがあわさって、今日しばしば目にするようなとても細い弦を使って弦毎に差をつけた(訳注:graded 弦ごとに張力が違う)いわゆる「バロック」式と(訳注:まちがって)呼ばれている弦の張り方になっているのです。これは皮肉なことに20世紀中葉以前にはまったく知られていない張り方を創造したということにほぼ間違いなくなるでしょう。

ガット弦の探究-後編に続く


楽器は在庫があれば全て試奏可能です。まずはお気軽にお問い合わせください。

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