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ガット弦巻線のビリ音(原因と対策)newblue.gif

2013/07/21

これは、NRI(Northern Renaissance Instruments)社のホームページに掲載されている標題の文章の拙訳です
A4にして6ページありますので、ネット上のブラウザーでは読みにくい場合、このpdfファイルをダウンロードしてからプリントしてお読みください→ガット巻線のビリ音(原因と対策).pdf
元の掲載サイト→ http://www.nrinstruments.demon.co.uk/Buzz.html
日本のガット弦ユーザーの皆様に有用な内容と思いましたので、同社の了解をいただいて公開します。間違いなど、もしあったらご指摘いただければ幸いです

訳責:野村成人 (有)コースタルトレーディング/ムジカアンティカ湘南
nomura@coastaltrading.biz<br>

*著作権:原文の著作権はNRI社Ephraim Segerman氏に属します
訳文の権利は弊社に属します。無断転載はご遠慮ください


Ⅰ.ガット芯金属巻線のビリ音:原因と対策
ビリつき音は、弊社(NRI社)が扱っている弦のように昔からの手法で作られた金属巻きガット弦で、巻いてある金属線がゆるんで芯のガットや金属線同士あたって発生します。弦が作られた時には、金属線は芯線のまわりにとてもしっかりと巻き付けられます。金属線はきつく巻かれているので、ガット芯線に対してくぼみを作ります。弦を楽器にとりつけて調弦すると弦は引っ張られるので芯線は伸びて少しだけ細くなります。巻線はくぼみにはまっているので、芯線が伸びたときにほんの少し引き延ばされて巻の直径が少し小さくなり、巻の間隔の詰まり方が少しだけ弱くなります。芯線の径は巻の径より縮み方が大きいので、巻がゆるくなります。このゆるみの幾分かは、最初に巻線が作られたときに圧縮された芯線が少し戻ることで吸収されます。吸収しきれなかったゆるみのために巻線が芯線にぶつかってやわらかなビリ音が出ますが、巻線の正常な音として認識される範囲です。巻がくぼみの中に収まっている限りは、巻線同士がぶつかって出るもっとひどいビリ音は出ません。さまざまな原因でゆるみがひどくなってくると巻線同士がぶつかり合うようになります
これらの原因は以下のような理由が考えられます:

A.芯線が作られた当初想定されている太さよりも細くなる
この原因はいくつか考えられま
A-1.ガットが通常より極端に乾いている
ガットは含水率が下がると細くなり、上がると太くなります。その含水率は、まわりの空気中の相対湿度に影響されます。通常はガット弦が作られたときには、巻く前にほぼ完全に乾かしますが、巻線制作の過程で空気中の水分を吸収して30%前後の相対湿度に落ち着くでしょう。従って、通常の弦は、30%以下のかなり乾燥した環境ではビリ付が出る可能性があります(訳注:日本では冬場、暖房のきいた部屋では20%以下まで落ちることがあります)。環境湿度が通常にあがればこのビリ付はなくなるでしょう
A-2.時間がたってガットが伸びて戻らなくなる
通常、巻弦用の芯線は巻線を巻く前に、想定される演奏時のテンションで伸ばしておきます。この予備のばし期間終了の目安は数日経ってもそれ以上伸びなくなったときです。これによって楽器に弦を張ってすぐの初期の伸びを少しでも押さえることができます。しかし、ガットはテンションがかかっている限りは常に少しずつ伸び続けます(細い弦は、太い弦よりも断線の限界に近いだけ太い弦よりも伸びるのは早くなります)。こうして弦のビリ付が発生するようになります。この症状を回避するには、演奏しない時に弦をゆるめておくしかありません

B.巻線(巻いてある針金)の巻径が本来あるべき径よりも大きい
この原因も下記のようにいくつか考えられます
B-1.巻線の金属の弾性が本来の仕様と違う
芯線に充分しっかりと巻き付けることができない。対策:巻線材の入荷時に検品します
B―2.巻線を巻くときのテンションが弱すぎる
巻線を巻くときはその金属線にテンションをかけながら(引っ張りながら)巻きますが、そのテンションが弱すぎると結果として芯線にできるくぼみが浅くなる。弦の製作者を訓練する際の一番大事なポイントは、巻線の太さによってそれぞれに適したテンションの具合を習得することです。この最適テンションは、たいがいの場合、弦が切れる直前の限界テンションに近くなります。弊社(NRI)の職人はよく訓練されて作業も安定しています
B-3.弦が作られた後で、高い湿度環境に置かれる
この場合、ガット芯はふくらんで巻線を押し広げます。この時点ではビリ音は出ませんが、湿度が下がってガット芯がもとどおりに縮むとビリが出ます。これが一般的にはビリ音の最大の原因です。この高い相対湿度環境は、湿気の強い環境下にあれば起こることは明らかですが、割と見過ごされるのが閉鎖環境下(訳注:ハードケース内など)で通常の気温から温度が下がったときに、内部の空気の飽和湿度が下がり、結果として相対湿度があがってしまうことです。湿度の変化からくるビリ付を防ぐために、いくつかの対応が考えられます
a.弦をプラスチックなどの防湿パッケージの中に入れておく。プラスチックでも完璧ではないので、高湿度環境下で何週間もおくと弦が湿気をおびる可能性がある。メーカーではそういう高湿度環境にならないように留意している
b.楽器に装着する前に弦のパッケージを開けて放置すると、湿気を帯びやすく、楽器につけた後のビリ付の原因になりやすいので、避けましょう
c.弦を楽器に張ったあとは、特に湿度が高い期間はケースから出さずにしまっておけば高湿度にさらされずにすみます。ただし、ケースは湿った空気が入り込まないように気密性があり、かつ、内部が冷え込まないように保温性のあるものが望ましい。日中は暖房が効いていて夜は冷え込む部屋に楽器をケースから出して置きざらしにするのは特に危険です
d.もしどうしても高湿度環境を避けられない場合、逆に弦を常に高湿度下に置いておくことでビリ付をさけることもできます。このためにはケースの中に加湿器をいっしょに入れておきます。この目的と、楽器の過乾燥によるひび割れを防ぐ両方に役立つ加湿器が販売されています。昔からのやり方では、ケースの中に果物の切れ端をいっしょに入れておきます
B-4.巻を締め直してビリ音を出なくする応急処置
もし弦がビリつき始めた場合、巻を締め直してみることもできます
まず、弦がナットからヘッドにかけてまっすぐ伸びて、ペグに巻き付いていない状態までゆるめます。次に、弦を両手の指でつまんで、巻を締める方向に巻線をしめこみます。通常は、ヘッドの側からブリッジ方向に見たときに反時計回りの方向でしょう
いっぱいに巻締めたら、巻戻らないように片手の指でペグよりも指板側の弦をしっかりと持って、もう片方の手で弦を巻き取るようにペグをまわします。これで、締め直した巻を固定します。うまくいけば、弦が次に高湿度にさらされるまでの間のビリ付を抑えられるでしょう

C.ガット芯線上のくぼみが、なんらかの原因で変形する
C-1.ブリッジやナットの弦溝がきちんと彫られていない場合
C-2.弦が作られてから楽器に装着される間のどこかで弦が極端に曲げられた場合

D.弦以外の原因で起きるビリ音
D-1.ブリッジの脚が表板にきちんと合っていない場合
D-2.ナットがきちんと合っていなくて、弦がナットのペグ側で支えられて指板側であたる場合。 D-3.ペグボックス(糸倉)の中で、弦の端が遊んでいて、ペグボックスやペグにあたってノイズを出す場合
D-4.楽器の部品の一部が接着がはがれかけたりなどしてノイズが出る場合

Ⅱ.商業的見解
通常の商慣習上では、問題を起こす原因になった側が修理や代品の経費を負担します。弊社(NRI社)の方針は、弦を楽器にとりつけてすぐにビリが出た場合は代品対応しますが、それからしばらくしてから発生したものは対応外です。製造側に問題がある可能性があるのは上掲のA.1., A.2., B.1., B.2., B.3.a. 及びC.2.でしょう。これらの原因であれば、どの場合であっても、弦が楽器に装着されてチューニングされたらすぐにビリ音がでるはずです。弊社の弦の生産工程管理はしっかり管理しているので、楽器に装着してすぐにビリが起きる場合、お客様の手に渡ってから(上掲のB.3.b. C.1.または C.2.)に起因する可能性が高いと思っていますが、それでも(すぐにビリが起きた場合は)無条件で無償交換いたします。一般に、楽器に装着してから一週間以内にビリ付が始まった場合、それも弦の製造品質の問題ではないと確信していますが、演奏家のみなさんの落胆と懸念はわかりますので、そこまでは無償交換に応じます。しかし、それ以降については単にアドバイスさしあげるにとどまります。無制限に対応するとなると経費をカバーするために価格を上げざるをえず、他のきちんと弦をケアしているお客様たちに理不尽な出費を強いることになります。上記のご説明で、みなさまのこの問題についての理解が深まり、弊社の立場をご理解いただけると幸いです

Ⅲ.現代の対応
今世紀(訳注:20世紀)の中頃から、ビリ付の問題を避けるために新しい作り方が工夫されました。金属線をまきつける前に、ガット芯のまわりに圧縮性の高いプラスチック繊維を(周りに巻き付けるか、ストッキングのように伸ばすかして)巻つけます。これで金属の巻線がガット芯にへこみを作らないで、金属線とガット芯がお互いに自由にすべるようになります。弦が所定のピッチにチューニングされたあとも、パッケージの中で押しつけられていた巻の金属線はその状態を保ちます。これによって、巻線が相互にぶつかりあって起こるきついビリ音は防止できます。ナットやブリッジの弦溝が充分に滑るように処理されていなくても、このタイプの弦は長持ちします(訳注:この部分は原文に疑問があったので筆者に確認したところ、こういう訂正文が来ました)。被覆がない場合に比べると、巻きは若干ゆるくなるので、金属巻線とガット芯線の間のソフトなビリ音は強調されますが、プラスチック繊維によって緩和されます。このクッションによって振動エネルギーが損なわれる結果音の輝きとパワーが落ちて、伝統的な弦とは違う音色を持ちます。これは現代の演奏家の皆さんが、ビリ音を起こさないことと、調弦の安定性を求めて支払わねばならない代価です。後者の点は、巻線が相互に密着しているために外気とガット芯との間の湿気移動防止に役立つためです。このタイプの作り方のもう一つの利点は、リボン状の平らな巻線を使うことができるという点です。その結果の平らな表面は弓毛と弦の接触面を拡げるので、反応時間を早くできます。プラスチック繊維の緩衝材がなければ、平らなリボン状の巻線は即座にビリ音を起こすでしょう
このモダンタイプの弦は、現代の弦楽器用弦の主流になっています。古楽の世界はこの流れからは隔絶されています。作曲家が書いた曲の再演に期待するのは、彼が生きていた時代に使われた道具に使われた道具に極力近いものを使うことだ、という古楽ムーブメントの当初からの流れを汲む人たちは、このモダンタイプの弦を排斥して伝統的なつくりの弦を使いながらビリ音を避けようと苦労しています。一方で、古楽をレパートリーやスタイルとして取り上げて演奏家の音楽性を最大限に発揮したいと願う人たちは創造的な意図の妨げになるトラブルを避けることができるいかなる発明、モダンな弦の作り方も含めて、も喜んで採用します。全てではないにしても多くの人たちが自身の考え方について混乱して、単に音楽家としての仕事とおりあいをつけるためにこのことを避けて通ろうとします。古楽の聴衆も同様に、歴史的な正しさを求める人達と、彼らが聞く音楽が魅力的かどうかだけに関心がある人達、それから両方期待してこだわらない人達に分かれます
作曲家の意図に沿った歴史的な最大限の信憑性にこだわるという演奏家も聴衆も、まことに現代の産物です。なぜならこういった考え方は20世紀独特のものだからです。演奏者と聴衆の間のコミュニケーションを最適化しようという他の人たちは、音楽の歴史を通じての伝統的な考え方に沿っています。この観点について我々が残念に思うのは、歴史的正確さは二次的なことと捉えて上記の正当性を求める聴衆も含めて幅広く訴求したいと願う多くの演奏者に対して、オープンで正直な態度で臨んでもらえないという欺瞞的な態度です
end

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楽器は在庫があれば全て試奏可能です。まずはお気軽にお問い合わせください。

コメント(2)

非常に興味深いお話をありがとうございました。
なるほど!と目からウロコが落ちた気持ちです。

誤訳ではないと思うのですが、意味が通じないところがあったので。最後の文の訳は

「我々が見てきた以上の状況について、嘆かわしいことに、とても多くの演奏家がオープンさと真摯さに欠けるという欺瞞を行っています。彼らにとっては歴史的な正確さは二の次であるにもか関わらず、歴史的正確さを求める聴衆をも獲得しようと、自分たちを宣伝し続けています。」

という感じではないでしょうか。
念頭にあるのはP社のOやE、あるいは最近出て来たPといった近代ガット弦(というかこれ以外に近代ガット弦を知りませんが・・・。)を使いながら、「オーセンティックな演奏にチャレンジしている」と売り出している演奏家に対する批判でしょうね。

ちなみに、P社のE、コントラバス弦では、巻き線構造が三重になっていて、一番内側と二番目の巻は丸巻きです。たしかにガット芯の回りに絹糸は巻いてありますが、「くぼみ」も出来ているので、すこし事情は違うような気がします。

それと、ガット芯に巻いてあるのは、たぶん絹線ですので、これが文字通りプラスティックなのかは、すこし疑問です。
NRIの方がプラスティックと思っていらっしゃるか、あるいは、「人工繊維」の意味ではなくて、「可塑的な繊維」という意味で使っていらっしゃる可能性もあるのかなと思いました。

ところで、脱線ですが、TOROのコントラバス弦もガット芯の回りに、薄いピンク色の絹線を巻いていた記憶があります。

ぐんまさん<
コメントありがとうございます。
ご指摘の、最後の部分は訳に苦労しました。
原文はご参照くださいました?
筆者は、あきらかに昨今の「ナンデモカンデモ」オーセンティックに演奏すべきだという風潮に批判的なのです。他の弦メーカーに対しての批判というニュアンスはまったくありません。むしろ、それでいいじゃないか、なんで駄目なの?大事なのは音楽表現でしょ、ということを言おうとしています。聴衆も含めて、道具が昔のもの100%再現していることを喜ぶよりも、演奏の音楽的な創造性がどれだけ豊かであるかを評価すべきだ。たまたま弦がモダンの弦を使っていたからといって、そのために音楽的な価値が劣るわけではない、ということを言いたいようです。NRI社のお客様はオーセンティシティを求めている人が多いでしょうから、そういう意味では自社の顧客に唾スルような発言ともなりかねず、原文自体がかなりもってまわった言い方になっていたので、字面の上での直訳と、本来言い足そうな内容の意訳とのはざまで苦労した結果です。筆者と意図の確認などメールのやりとりもできるのですが、すでに数カ所やりとりしており、この部分はこの記事の本題ではなく、おそらく筆者が狂信的なピリオド演奏信奉者にうんざりするかなにかエピソードがあって付け足した文章のように見えるので、あえてこのまま手を入れませんでした。
原文ごらんいただいて、やはり違うよ、ということでしたらまたご教示ください。

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