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ガット弦の探究-後編

2010/03/24

monteverdi-5_100W.jpg STRINGS by Oliver Webber
訳責 野村成人

たとえばフランスではイタリアよりもずっと細めの弦が張られていたというような記録も多数残っていますから細めの弦が張られたということはあったのでしょうが、さまざまな証拠は逆の方向を示しています。

●一番具体的な示唆は、タルティーニによる1734年の実験です。それによれば彼のヴァイオリンでは全部で30kgのテンションがかかっていたと言われます。(これは、A=415とした場合に1E弦は少なくとも0.65mmはあったということです。)ちなみに比較しますと、今日のドミナントのヴァイオリンセットでは22.1kgです。
●メルセンヌは1636年に書いた「宇宙の調和 Harmonie Universelle」でリュート弦との比較を書いていますが、それによるとヴァイオリンのE弦は約0.77mmとなります。
●クリストフォロ・ムナリ(Cristoforo Munari)による1710年の絵は非常に精密に描かれているので弦の太さについて妥当な線での推量ができますが、G弦の太さは少なくとも2mm以上と思われ、これは上記のタルティーニのテンションレベルに近いものを意味します。
●主観的な話になりますが、1620年にイタリアのログノーリは「上手なボーイングで調整しないとヴァイオリンの音は粗野できついものになる」と述べています。これは太い弦を弾くときの感じを適切に表しています:弓を巧みに使うことですばらしい結果が得られますが、細心の注意が必要です!
●1756年にレオポルド・モーツァルトは生徒に対して「太めの弦を張りなさい(string the violin more thickly)」「真剣に、大胆に(with earnestness and manliness)弾くように努力しなさい」と熱心に勧めています。

イコール・テンションに必要なより太い低音弦は、全体として大きなテンションを意味する(よほど細いE弦を張らない限りはです)ことに留意すべきでしょう。
要約すると、「バロック式の弦の張り方は軽いものなんだ」などという考えを忘れれば、バロック音楽はより適切に演奏されるでしょう。

しかし、厳密なテンションのレベルを定義することは、個別の楽器の違いやセットアップの違いに大きく左右されるのでとても難しいことです。ですから適切なゲージを選ぶ一番の方法は実際に試行錯誤してみることです!バロック式の弦の張り方について、適切な基本的な知識さえあれば成功する可能性はより大きくなります。一般に、(太さには)はっきりした上限があります。それを越えると楽器の音がつまてしまうのです。コツは、その上限から、音の深さと音量をなくさずに響き渡る音を維持できる範囲で充分なだけ細く戻すことです。

equal-tension-stringing.jpg
ヴァーニッシュ前のモンテヴェルディ・ヴァイオリンに張られたイコール・テンションの弦
写真:ジョージ・ストッパーニ

歴史的な方法に基づいて適切に弦を張るとどうなるか
1.音量
イコール・テンションは、特に低音弦が太くなるので音質を変えます。これで nutty とか gritty とか形容される、より深くしっかりした音質になります。その上に、全弦をガットにすることで、最低弦が同じ材質なので他の3弦とより合いやすくなって、音質が変わります。ヴァイオリンのガットのG弦の音は過剰に響くことはないけれども、充分に豊かな音質を持っており、うまく慣らしてやれば巻線のGではできないような効果的な使い方ができます。
イコールテンションは、低音の方のテンションが増すことで低音弦が楽器の全体のサウンドにより大きく貢献するようになり、当然楽器全体のバランスを変えます。言い換えると、傾斜テンション(biased tension)の楽器に比べて、全音域にわたるバランスが良くなります。(もちろん、特にソロレパートリーなどを中心に高音域のほうに拡張されていった、バロック以降のレパートリーについては、高音弦のほうを強く張る傾斜テンションは適切なものなのですが。)

2.調和 (blend)
オールガットのイコールテンションのセットアップは、弦楽器族だけでなく非弦楽器も含めて音をより調和しやすくします。弦楽コンソートは、イコールテンションにすることでそれぞれの楽器における音域上の弱点が無くなり、全体としてのテクスチャーに「穴」が無くなってより効果的 (effective) になるでしょう。そして弦楽コンソートが本当のファミリーとして響くとき、それはほかのパート、コルネット、サックバット、ショーム、ダルシアン(dulcian)やリコーダーなどに対してより効果的な対比声部になるでしょう。
この効果は、2001年の「Duke of Lerma」の録音で特にはっきりと聞くことができます。

強くなったテンションで楽器からより大きな音量を引き出すことができます。同じボーイングでより大きな音になるし、さらに音量の上限も高くなるでしょう。

3.アーティキュレーション
質の良い太めのガット弦では、アーティキュレーションは啓示となります。各音の、アタックと減衰の幅がはるかに大きくなります。一つの運弓を一つの音節とし、それぞれの始まりの音節を違う子音ではじめるイメージで、音楽上の「しゃべる speking」効果を出すことがはるかに容易になります。これはもちろんバロック時代に最高の理想とされた修辞的(レトリカル)なアプローチに合致するものです。
「修辞(レトリック)」という言葉は近年ではちょっと使われすぎの言葉のようではありますが、それはサウンドのためなのです!演奏者、教師、理論家を問わず、音楽について書いたほとんど全ての人が「音楽家と雄弁家は、彼らの芸術と技術を使って特定の時にテキストの意味にしたがって聴衆に特定の感情(情熱)を引き起こすという意味で同じなのだ」と主張しています。この点については、ジュディ・ターリングが2004年にコルダ・ミュージック社から出した「修辞法の武器 The Weapons of Rhetoric」で広範にかつ明確に叙述しています。

演奏者の観点からすると、イコールテンションで張られた楽器は総体として違った感触(feel)になります。指と弓に対する抵抗はずっと大きくなり、それは演奏技法について面白い課題を投げかけるでしょう:弓の早さと運弓全般について熟考する必要が出てきます。最初はいろいろ試してみることも必要でしょうし、特に忙しいプロの演奏家にとっては、永年習熟してきたテクニックを再考することは厄介なことかもしれません。しかし、従来のいわゆる「バロック式」セッティングのヴァイオリンと、歴史的なセッティングのヴァイオリンの違いは、私の意見では、モダンヴァイオリンと「バロック」ヴァイオリンの違いほど大きく、慣れるための努力が大きいほど成果も大きく、更に先が拡がっていきます。

最も大事な点は、適切な弦を張ること(さらに他の歴史的なセットアップの要素も含めて)はただ衒学的な歴史研究者や完全主義者の問題ではなくて、むしろ我々を当時の音楽的な理想に近づけてくれるものだということです。一旦、適切なセットアップをされたバロックヴァイオリンの働きをわかってしまえば、バロック音楽を活き活きとさせる表現をさがすことがはるかに簡単にできるようになります。アーティキュレーションや、フレージングや、バランスや調和がすべてピッタリと納まってくれて、それが演奏家としての我々の仕事を容易に、かつ満足のいくものにしてくれるのです。

参考文献リスト
Further%20reading%20on%20strings%20-%20by%20Oliver%20Webber.pdf http://www.themonteverdiviolins.org/Further%20reading%20on%20strings%20-%20by%20Oliver%20Webber.pdf

古楽展示会での「リアル・ガット」(この点については訳者前書をご参照ください)
市販されているガット弦の質が歴史的な弦の張り方をするための問題でした。イコールテンションのためには太い低音弦が必要で、これには特に弦の品質が大事なのです。質の悪い弦を使うと、反応がにぶく、ギシギシいったり、音程が不確かだったりします。そうならない為には、弦はフレキシブル(よく曲がる bendy)で、充分に柔軟(elastic)であり伸びる(stretchy)ものでなければなりません。こういう弦をつくるには、ガットの繊維が最終製品として出来るだけ強く撚り合わされていることが必要です。
ジョージ・ストッパーニは歴史的な工法にもとづいて、上記の条件を満たす弦の制作方法を開発しました。オリヴァー・ウェッバーと同僚のヴァイオリニスト、スティーヴン・ルースが弦制作のアシスタントとして参加し、「リアル・ガット」は少ないながらそれなりの量の、歴史的な弦の張り方に必要な太い弦に適したハイツィスト・プレーンガット弦を作るようになりました。
「リアル・ガット」は2006年11月10日~12日にグリニッチで行われる古楽展示会に出展します。モンテヴェルディ・プロジェクトで作られたヴァイオリンをフィーチャーしたリサイタルや楽器のデモンストレーションも行われます。CDの販売や弦についての相談、診断、もちろん弦の販売も行います。

【終】
ガット弦の探究-訳者前書 ガット弦の探究-前編


楽器は在庫があれば全て試奏可能です。まずはお気軽にお問い合わせください。

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